品質工学の考え方

2.品種と品質

2.1 品種と製品企画

 製品企画は消費者の要求する機能,競争力のある価格(コスト)と設計寿命を決める行為である.この場合の機能には色、柄,スタイルなども含まれている.色,柄、スタイルなどは一般にはデザインと呼ばれ 日本人は不得意と言われ欧米の専門家にデザインを委託している企業も少なくない.煙草のピースの意匠も有名なアメリカのデザイナーが行ったものである.洋服のデザインなどは,流行現象を伴うことも少なくない.車の色なども流行が変化している.色,柄、スタイルの多くは流行現象を伴う好みの世界で,主観的価値に対する流れや個人的嗜好が中心で,科学や技術の対象ではなく,製品企画の問題である
 
 更に機能そのものの中には,マーケットセグメンテーションによる品種問題も考える必要がある.たとえば,1カ月に何十万枚,何百万枚もFAXをする顧客と1カ月のFAX枚数が何百枚以下の顧客ではFAXのスピードに対する要求が異なる.110枚しかFAXしない家庭では,1枚のFAX10秒かかっても大きな損失ではない.1分の人件費を20円としたとき,1日の損失は
 
人件費=20×10秒/60×10枚=33.3(円)                                          2.1
 
である.1年を365日として,年間の人件費は12154円である.
 上記のスピードのFAXマシンAは,価格が60000円とする.原価償却を5年,金利を年6パーセントとして,年間コストは次のようである.
 
(60000/5)60000×0.06×(1/2)13800(円)                                               2.2
 
 ここに1/2は年々償却していくので金利は半分となるからである.高級なマシンBFAXのスピードは1枚あたり1秒であるが価格は50万円である.この場合人件費は年間で
 
人件費=20×1/60×10×365日=1217(円)                                            2.3
 
である.また金利と償却は
 
償却と金利=500000/5500000×0.06×(1/2)115000(円)                      2.4
 
となり,(23)と(24)の和は,マシンAを用いたときの損失25954円より年に90263円大きいことになる.したがって,FAX110枚以下の一般家庭ではマシンBは高すぎてマシンAを買うことになる.
 
 一方,125200枚(1分間に60枚,1420分,1年に250日稼働)もFAXをする企業は,
 
・マシンAを用いるとき,マシンが10台必要で
年間人件費=25200×20×10/60×250日=21000000(円)                        2.5
 
 年間の償却と金利;
(60000/5)×10+60000×0.06×(1/2)×10138000                                             2.6
                                          合計=2114(万円)                                  2.7
 
(2)マシンBを用いるとき,マシンが1台で済み
 
年間人件費=25200×20×(1/60)×250日=2100000(円)                          2.8
 
年間の償却と金利=(500000/5)+500000×0.06×(1/2)215000(円)           2.9
合計=231.5(万円)                                                 2.10
 
である.したがって,マシンBの方が年に1880万円以上有利になる.実際には,マシンB500万円してもなお,マシンAより1600万円以上有利となる.このように,製品企画は使用頻度などのマーケットセグメントを決め,その分野でもっとも有利なスピードなどの設計目標を与えることになる.
 
 品質の定義が一部で言われているように消費者の要求とすれば,品種問題はどんな機能と価格の製品やサービスをマーケットセグメントごとに計画するかの行為である.品種問題の中には計画された寿命も含める方がよい.それは消費者の減価償却に関係するからである.安くて寿命の短いものを作るか,高いが寿命の長いものを作るかなどもこの種の問題である.ドイツの車などは高いが生命により安全で寿命も長いものが多いと言われている.寿命が長いと年あたりの償却が安くなるし,取り扱えなどの手間も減る.ビルの外装用の電灯やイルミネーションなどは取り換えの手間が大きいので,何倍か高価でも寿命の長いものが好まれ使用されている.したがって,製品企画を行うとき,どういう設計寿命を設計部門に要求するかは,製品企画の中の重要な一項目ということになる.
 

2.2 基礎研究と製品企画

 製品企画とは,マーケットセグメントを決め,次の各項目を決めることである.
 
a)機能(決められた市場に対してどんな機能のものを開発するかを決める)
b)価格水準(市場において競争力のあると考えられる価格の設定.コストはその何分の1かでないと利益は出ない.)
c)設計寿命(何年間使えるようにするかを決める)
 
 大切なことは,製品企画の前に基礎となる技術の見通しなしに商品企画はできないということである.製品やサービスによっては,それを独立ないくつかのサブシステムに分解し,そのどれについても少なくともある程度の基礎技術に対する見通しが立っていることが必要である.基礎技術は自社のRDで開発したものでもよいし,社会に現有しているものでもよい.癌がたちどころに治る薬とか公害のないエンジンなどは作ることができればよく売れるに決まっているが技術の見通しがないのだから製品企画をするわけにはいかない.すなわち,企業にとってもっとも大切なことは,新製品や改良品に対する基礎技術をもつことである.それがRDの任務である.RDでは,製品企画の前の研究だから,その研究はすべてテストピースやコンピュータシミュレーションということになる.いままで日本の研究のほとんどは,製品企画後の実物による設計研究(製品研究と工程設計)であった.そのために設計部門の人数と経費が異常にふくらみ,しかも設計者は多忙で残業までしている企業がある.製品企画前の基礎研究で重要なことは,それが次の特徴を持っていることである.
 
a)先行性(製品企画前にでき,製品企画後には要求値に合わせるチューニング作業だけですむことになる)
b)汎用性(多くの製品に応用できるので研究能率がよい)
c)再現性(テストピースによる研究室の条件でさまざまな実際製品に対して-も,大規模生産,市場などの下流でも再現性がある技術を開発する.そのためには研究の中心を基本機能すなわちgeneric functionに対する機能性の改善とさまざまな製品に対するチューニングに分けることが大切である)
 
 この中で,欧米の研究は(a),(b)の項目に対してはすぐれていたが,(c)の再現性の点だけに問題があった.品質工学の中心はこの再現性への対策手段ということになる
 

2.3 品質工学における品質の定義

 ここまで述べてきたように,Quality(品質)という言葉の本質は,価値的なもので損失ではない.しかし,品質工学では機能性のばらつきによる損失を取り扱い,品質を次のように定義してきた.たとえば,製品が出荷後社会に与える損失として,次の3項目を示している.
 
(品質)=(機能の理想枚能からのばらつきによる損失)+(使用コスト)+(公害) (2.11
 
大切なことはこの中に機能そのものの価値もなければ,機能そのものによる損失も含まれていないことである.それは品種問題と考えているからである.
 酒やたばこを要求する人達が社会に存在していることは事実である.酒に酔ってトラブルをおこす人もいる.しかしそれは酒のもっている機能で,酔えない酒を造ったのでは品種が異なってしまう.しかし酒の害の一つであるアルデヒドなどの二日酔いの成分ができない酒を造ることは品質工学でいう品質問題である.肺癌を作らない煙草の研究も品質問題である.品質工学でいう品質は価値に関する本質的機能を崩さないで,副作用などのさまざまな損失を減らすことである.すなわち,品質工学で取り扱う品質問題は(2.11)式の損失に限っているのである.
 
2.11)式の中のあとの2項が使用コストと公害であるが,それは機能が不十分だったりばらついたりすることから発生すると考えているのが品質工学の立場である.
品質工学では,直接コストや公害を調べて改善することはすべきでないとしている.品質工学の手法の中心は,機能性の改善による(2.11)式の損失を減らすことである.たとえば,エンジンの基本機能は,燃料であるガソリンをメカニカルエネルギーに変換することであるから,その変換効率を上げて例えば2倍にすれば,燃費も,騒音振動も,公害も半減すると考え,基本機能を改善することを主張する.改善したあとで騒音振動公害などを調べることも多いが,それは改善した条件のみでテストするのである.すなわち,改善のための研究では基本機能の機能性だけを研究することを強く主張する.
 
 多品種を同一工程で生産するFMSの設計研究の場合も,品種の切り替え方法を信号として,いわゆる切り替えの基本機能と,切り替えのための信号の作り方とその基本機能を研究するが,どんな品種のものを作るかは製品企画の問題として直接取り扱わないのである.機能性を改善し,入力を少なくしたりすることで,(2.11)式の損失を減らすのには,機能の確実性すなわち機能性の改善後に品質とコストのバランスをとるチューニングである,それも品質工学の重要な項目であるので,機能性工学というだけでは品質工学の内容を十分に含んでいないと考えている.米国ではタグチ,またはタグチメソッドという言葉が用いられる背後にはそのようなことが考慮されているようである
 
 製品やサービスの中から機能そのものの価値や損失を除き,機能が不十分であったりばらついたりすることによるトラブルを改善したあとで,使用に伴うコストや公害を減らすことを目的としている.また,機能性の改善は日本でいういわゆる軽薄短小に対する対策にも有用である.それは資源の消費の減少に役立つのみでなく,製品やサービスのコストの大半を占めているといわれている運搬や在庫経費の減少にも役立つからである.したがって,品質工学でいう品質は,社会で用いられている一般用語としての品質とはかなり異なっている.もちろん,(2.11)式の中身は一般用語の品質の一部であることは事実である.
1989年のASI(米国,American Supplier Institute)主催の第8Taguchi Symposiumにおいて,そのサブタイトルは,“To get qualitydon’t measure quality” であった.getは米国のスラングであり,上記は品質を良くしたかったら,品質を調べるべきでないという意味である.品質工学では品質を次の4段階に分ける.(表21参照)
 
下流の品質:消費者にわかる市場の品質で,自動車のエンジンなら,燃費,騒音,振動,故障,公害などである.これらはマネジメントに重要である.しかし改善研究には能率が悪く,また予防にはならないので研究や生産用ではなく生産部門を評価するマネジメント用の品質項目である.
 
中流の品質:市場の品質を改善するために考えられたのが図面とスペックである.設計者がこの図面,このスペックに合うものを作って売れば,市場品質やコストで競争に負けないだろうと考えて作った成果である.その中には品質工学でいう品質のみでなく,機能そのものも含んでいる.しかし,スペックと図面は製造時にチェックできる項目のみで,環境変化や劣化問題を含んでいない.それらは,製造用であり,製造現場の品質管理や取引には大切である.製造現場は工程管理によって,できるだけ目標形状や目標値に近いものを作りたいのである.また検査によって不合格品が市場に出ていくのを予防する任務を持っている.したがって,図面やスペックは消費者品質よりは上流の品質項目で品質特性と呼ぶことにする.それに対して,市場の品質項目は,消費者品質とか単に品質と呼ぶ.
 
上流の品質:製品が市場のいろいろな使用条件で目的機能をどの程度持っているかを示すもので,目的機能のロバストネスとか製品機能の安定性と呼ばれている.最終製品の機能の評価用として,ベンチマーキングのために重要である.品質工学では目的機能の機能性を示すものとして,設計研究で用いることも止むを得ないことが多いとしている.使用条件をノイズと呼び,さまざまなノイズ条件で,目的機能のばらつきを調べてその良さをSN比で表現するこの中には,静的機能のSN比も,動的機能のSN比も含まれているが,欧米も含めて設計研究で広く用いられるようになった.しかし,目的機能のSN比は製品企画後の設計研究用で,品質工学ではできればもっと上流である基本機能のロバストネスに対するSN比を用いるべきであるとしている.すなわち,源流である基本機能のSN比が,計測技術がないために求められないときの止むを得ない機能性の評価が,目的機能のSN比と考えているからである.市場でおこる品質問題を改善するのが目的であるが,生産時の品質特性のばらつき対策にもなっていることが多い.製品の目的機能のロバストネスに対しては目的機能の機能性または単に目的機能性と呼ぶ.
 
源流の品質基本機能の機能性で,技術のロバストネスの評価の測度である.テストピースやシミュレーションで改善研究するのが普通だが,製品企画後に用いることも多い.コピー,印刷,鋳物,パターニング,FAXなどはすべて,その機能は転写性と呼ばれ,ほとんどすべて転写性で機能性を評価できるのである.それらはすべて,信号と呼ばれるものを転写するシステムで技術上の機能は転写機能だからである.転写工程をいくつかのサブシステムに分けて研究すれば,各サブシステムは転写ではなく多くの場合変換機能となり,そこでは変換機能の機能性を問題にする.いずれにしても,基本機能では入力信号M と計測特性y の間の理想関係(これは基礎的な物理そのものであることが多く技術者の考えたgenericな手段に対する理想関係)を考え,実際の機能がそれにどれくらい近いかを動的SN比で示し,その比較研究をするのが技術のロバストネスの研究である.基本機能の機能性とか技術機能性などと呼ぶ.技術の機能性が高ければ,設計に対する技術移転がチューニングのみですみ,スムーズに移転できることになる.したがって,品質工学を機能性だけに限れば,技術開発工学とか技術移転性工学とイメージするとよい.
 

21品質特性の階層と品質工学上の役割

品質特性 分り易さ 目 的 消費者品質に対する
再現性
改善の効率 改善をするとき
直交表の必要性
下流
(消費者品質)
良い マネジメント用 消費者の条件を多くとれば完全 特性そのものを求めるのにも時間がかかるし制御因子同士に交互作用が発生し,最適粂件が求められないことが多い.改善研究には用いない. 必要
中流
(スペック特性)
良い 製造取引用 製品間のばらつきには良いが消費者品質には不十分 特性値は求め易いが,交互作用が発生するのが普通で,改善研究にはできるだけ避けるべきである. 必要
上流
(目的機能性)
設計品質の評価用 改善の効果は良いことが少なくない.ベンチマーク用にはよい 交互作用の発生は少なくないので最適条件が求まらないことがときどき発生する. 必要
源流
(技術機能性)
悪い 技術開発用 改善の効果は良いことが普通である 交互作用の発生はほとんどなく,テストピースで研究できるので開発での改善能率が非常に高い. 不用のことが多いが念のため用いる

 
  品質工学では消費者の要求する機能そのものをどう決めるかではなく,機能のばらつき(正しくは理想機能からのばらつき)を問題にする.そしてその改善はできるだけ上流に遡って行うのが効率がよいとしている.その理由は表 21に示す通りである.品質工学でいくら源流における研究が大切だといっても,基本機能の理想関係が不明だったり,計測が不可能であったりするときには,次善,次悪,最悪の方法である上流,中流,下流の特性で研究しなければならない.その場合改善研究の能率が悪くなり,特に下流再現性の悪化に伴う困難な問題が下流で発生することが多い.個別問題(システムの選択と理想機能を考えた制御因子,信号因子,誤差因子の分類と水準の作り方)は,各技術者の問題であるが,品質工学の中のタグチメソッドは,考え方をコメントするだけで解答を与えてくれるわけではない.技術者の仕事である実施例は解答例であり技術活動の結果である.タグチメソッドは,個別プロジェクトに対する技術研究の方法に対するフィロソフィと機能性の評価や改善のためのパラメータが決まったとき実験の仕方と SN比と感度の求め方を具体的に与える方法である. SN比と感度 Sを求める数理を直交展開(直交多項式でない)におき,できるだけ入力信号 M も出力 y もエネルギーの平方根に比例するものとし, 2乗和の分解を出力の分解としている点がもっとも重要な特徴である.開発の流れについては,表 22参照
 
 設計研究で多くの制御因子を同時に直交表にわりつける実験をすすめている.その目的は,制御因子の効果にさまざまな交互作用を交絡させるためである.交互作用が大きいならば主効果は誤った結果が得られることになり,実験から予測された最適条件に対する利得が確認実験で得られた利得と合わないことになる.すなわち制御因子間の交互作用の有無を主効果のみを直交表にわりつけてチェックする手段が直交表の利用である.交互作用があるかないか分かっているはずがない.なぜなら交互作用より簡単な主効果が不明だから実験をするのである.交互作用はもっと複雑な情報である.したがって,少なくとも第一回目の実験では交互作用の有無をチェックするために直交表を用いる実験をすることをすすめている.
 
 品質工学の中でこの部分のみが昔からの実験計画法と関連しているが,直交表によって実験の再現性があがるわけではない.それは検査によって製品品質が良くならないのと同じである.製品検査は不合格の製品を出荷して品質上のトラブルをおこすのを予防するためである.不良品を見つけられない検査は無用である.不良品を見つけたときだけ検査は価値があり,検査で合格だったら,その検査は無用だったのである.直交表の実験は下流でトラブルをおこす設計や技術を見つけるためである.したがって直交表は下流でトラブルをおこす不良の設計を見つけたときだけ価値があるのである.それは直交表の実験をして,予測した利得と確認実験の結果が合わないときである.すなわち直交表の実験は,その実験が失敗したときだけ直交表の実験をした価値があるのである.直交表の実験で成功したときは,一個一個の制御因子を昔のように研究して行っても成功したのである.しかし,一個一個を研究して行く昔の研究の方法では交互作用の有無が不明で,研究室と条件の異なる下流で正しいかどうかも不明ということになる.
 

22 品質工学から見た開発,生産の流れ

(1)基礎技術の開発:この中には製品設計,工程設計のための重要要素技術がすべて含まれていることが望ましい.開発の中心は機能性の改善におく.
(2)製品企画:基礎技術の内容を検討し,開発すべき商品の企画をする.
(3)製品設計:要素技術の中でその機能性が十分にわかっていないときにのみ,その機能性を上げる必要があるが,一般には企画の目標値に合わせるチューニング作業のみで設計を完了すべきである.またテストは目的機能に対するSN比をベンチマークと比較する.
(4)工程設計:要素技術の技能性が十分にわかっていないときにのみ,工程の機能性を上げる研究をする.一般には型設計の補正などのチューニングのみで完了すべきである.
(5)工程条件の許容差設計:工程能力不十分の場合の許容差設計をする.損失関数を用いることをすすめる.

2.4 下流への再現性と直交表の役割

 

 下流への再現性の検査に直交表,特に直交表L18を用いる.直交表L18については,実施例を参考にしていただきたい. 日本の技術研究の中心は,実際の製品,実際の工程による品質やコストの改善にあった.源流で基本機能の改善研究を行うときは実物ではなく,テストピースによる技術開発となる.テストピースでしかも研究室の条件で機能性の改善研究をするとき,パラメータ(設計定数)の最適水準の組合せに対する利得が,下流である大規模生産条件や実際の市場条件で再現するかどうかが問題となる.企業の中の開発,生産の流れは表2.2のようである.源流や上流の研究で開発した技術や製品の機能性が下流で再現性があるということのチェックに直交表を用いて実験をするのである.直交表L18に少なくとも数個以上の制御因子をわりつけて実験(シミュレーション計算を含む)をし,評価特性としてSN比と感度を求め,最適条件を求める. 初期条件に対する最適条件の機能性の改善の大きさである利得を推定し,確認実験で利得の再現性のチェックをする.予測した利得と確認実験で得られた利得がほぼ一致するなら,個々の制御因子の利得は他の制御因子の水準でほとんど変わらないことになる,したがって,研究室の条件と異なる下流条件(実製品,大規模生産工程,研究室のテスト条件と異なるさまざまな使用条件)でも再現することが期待されるのである.

 
 分かりやすい例で説明する.薬の副作用について最初から人間でテストするわけにはいかない.動物でテストする.昔は一定の動物,ビーグル犬でテストして副作用を調べることが要求された.ビーグル犬でテストして副作用がないからといって人間に副作用がないとは言えるはずがない.ビーグル犬だけでなく,他の犬でも,マウスでも,さまざまな動物でも副作用がないということが確認できれば,下流の条件である人間でもないだろうと予測できる.現在は,少なくとも2種以上の動物で副作用のテストが要求されている.
 
 他の制御因子の条件が変わっても効果が同じだったら,研究室と条件の異なる下流条件でも成立する可能性が高いだろうと考えてよいことになる.したがって,いろいろな制御因子を直交表にわりつけるのは交互作用を主効果に交絡させるためである.交互作用の有無を,交互作用を求めないでチェックする巧妙なテクニックが直交表による実験である.
 
 どういう機能の製品を消費者が要求しているかは企業の生死に関する問題であるが,技術が皆無では,製品企画(商品企画)はできないのである.表22の意味するところを考慮すれば,企業の研究投資を設計ではなくRDに向けることが大切である.それは欧米の経営者が実行してきた方法である,欧米の研究所の問題点は開発した技術の下流条件に対する再現性を高める研究がほとんど無かったことである.品質工学は下流条件に対する機能性の再現性を高めるためにできるだけ上流,源流で機能性のSN比を用いることを提案している.したがって品質工学の視点からは設計はチューニング作業のみですみ,目的機能の機能性の研究はしないですむことが理想的であるとしている.
 
 どんな研究開発においても生産性を直接上げるのは技術そのもので狭義の品質工学ではない.品質工学は,生産性を上げるための上記の3段階の開発活動に対して,次のような考え方と手法を提供する.このように研究の仕方を変えることを技術研究のパラダイムシフトという.
 
1)市場でおこる品質問題をできるだけ上流で研究する.そのためには,材料でも,部品でも,ユニットでも,システムでも目的機能よりは基本機能の機能性を評価して開発すべきである.基本機能は入力と出力の間の関数関係で表現できるため,入力信号M と出力y の間の理想関係を明白にすることが第一歩でもっとも重要である.
2)入力信号M と出力y の間の理想関係を乱すノイズについて,重要なものを少数だけ取り上げる.そして,信号とノイズの空間からできるだけ少ない点で出力y を求める.特にノイズ空間から極端な2点だけを取り上げることをすすめる.
3)機能性を評価する測度として,2次のモーメントに対する数理,直交展開と2次形式(エルミート形式)の数学を応用したSN比(特に動的SN比)を用いることをすすめる.入出力の関係がさまざまな信号とノイズの条件で理想機能から乱れるのは,関数関係の乱れで本来無限次元の問題である.無限次元を取り扱う数学は実用上存在しない.品質工学はエネルギーの流れを考慮した2次形式の数学で評価する手法を与える.
 
 以上が品質工学の中の機能性の評価の中心的部分である.品質工学の中の手法に直交表が用いられているのは,実験の効率化でもないし,再現性を上げるためではない.下流での再現性の有無の検査のためである