品質工学の薦め

今、技術に求められていること

 ものづくりの基盤となる技術力には高品質と高生産性が伴わなくてはなりません。製造上のトラブルをなくし,市場クレームのない低コストの製品を迅速に提供できる新技術開発と新製品開発を,いかに達成していくかということが,これからの企業経営に切実に求められています。

従来の研究・開発方法の課題

 これらの課題に対して,従来はいろいろな管理技術を活用して個別に解決を図ることが行われてきました。その中でしばしば,品質を改 善すればコストが増大するというトレードオフの問題に直面することがあります。また,多くの評価項目(品質特性)をひとつずつ潰していく,いわゆる "もぐらたたき" 的な開発方法では,手戻りも多く発生し,開発期間の短縮が図りにくいといった問題や,市場クレームが後を断たないといった問題が生じています。加えて,顧客ニーズの多様化,高度化に迅速に対応し,激しい企業競争に打ち勝つための新技術,新製品開発に必要なコスト,開発工数は増加の一途をたどり,経営の大きな負担になっています。

高品質と高生産性を同時に実現する品質工学

 高品質と高生産性を同時に実現するための具体的な技術的方法論として,田口玄一博士によって創始されたのが品質工学です。その中心的な方法は機能性の評価とその改善方法です。
 
 機能性の評価とは,多くの品質特性を一つ一つ評価するのでなく,製品やシステムの本来のはたらき(機能)を評価しようというものです。顧客の使用条件や環境条件の違いによって,そのはたらきがどれだけ影響されにくいか,あるいはばらつきにくいかの程度(機能性)を,SN比というひとつの測度で表現します。品質特性の多くは弊害項目(悪さ)や使用条件差に類する項目であり,いずれも本来のはたらきが変化したりばらつくことによって生じます。機能が十分に発揮されていないことが本質的な問題なのです。逆に,機能性が優れていれば,必然的に複数の品質特性も改善されるのです。
 
 次に,機能性の改善に使用する道具が直交表です。設計改善を行うには設計要因(制御因子)を変えて実験します。一般に,機能性の改 善に効果のある要因について知見を持ち合わせていないことが多いのです。そのため多くの設計要因を調べる必要がありますが,その際要因を一つ一つ調べるの でなく,一遍に調べてしまう方法が直交表を使った実験なのです。
 
 機能性の評価,改善を行うことで,以下のようなことが可能となります。
 
・製品企画に先行させて,製品に使う技術の善し悪しや技術の限界を短期間で評価できるので,開発効率の著しい向上と大幅な開発期間の短縮が図れます。
・技術の基礎体力が向上するので,同じ技術を使う類似製品や次の新製品開発にも問題無く対応できるようになります。
・使用条件,環境条件の変化や劣化に対して本質的に強靭な技術にできるので,開発段階で確認した結果を製造現場や市場においても再現でき,クレーム費を大幅に軽減できます。

汎用技術としての品質工学

 品質工学は技術そのものを取り扱うのではなく,技術的な最適条件を能率良く求める方法です。計測技術と同じように汎用技術であるので,いろいろな固有技術の分野でその技術課題解決に適用できます。

情報処理の分野も扱う品質工学

 これまでの品質工学は主としてものづくり(ハード)に関わる技術問題を扱ってきたのに対し、近年、パターン認識など、現象を観察し、総合的に判断するといった情報処理(ソフト)の分野を扱う方法論としてMTシステム(マハラノビス・タグチ・システム)が開発され、予測、診断、検査など の技術に対する適用が急速に進んでいます。品質工学はハードとソフト両分野を扱う汎用技術と言えます。

世界に広がる品質工学

 品質工学は,日本では1980年代にその価値が認識され,その後各分野の技術者,研究者に支持され,発展してきました。今日では, 機械,電気,化学,農学,薬学,医学など幅広い分野に応用され大きな成果を上げています。1993年に学会組織としての「品質工学フォーラム」を設立,1996年11月には学術団体として登録され、1998年から「品質工学会」に改称して活動してきました。さらに2016年からは「一般社団法人 品質工学会」へと改組し,品質工学の研究活動はもとより,社会への品質工学の普及・推進を図る活動を進めています。
 
 アメリカでは品質工学に対する評価は日本以上に高く,"タグチメソッド"と呼ばれて,1980年代のアメリカの技術停滞を打ち破るのに大きく貢献したと言われています。1997年には,田口博士はアメリカの自動車工業界への貢献が認められ,自動車殿堂入りを果たしました。一部の大学ではタグチセンターが設立され,品質工学の研究が進められています。また,QS9000にはタグチメソッドの活用が言及されています。
 
 アジアでは韓国,中国を中心に急速に普及してきていますし,ヨーロッパでも一部の企業で導入されて成果を上げており,今や品質工学はこれからの技術開発の方法論として世界に認められる存在になってきています。