品質工学Q&A
概念・考え方
Q1 品質の良いものを,早く,安くつくるにはどうすれば良いか。
いま設計に求められているのは、品質の良いものを、早く、安く開発することです。この3つの項目を改善するにはどうすればよいか考えてみましょう。
Q:品質の良い悪いとはどういうことを言うのでしょうか。
A:寸分狂わず設計どおりに物が作れ、設計者の考えているとおりに製品が動けば、品質問題が発生するでしょうか。実際は寸法が微妙に異なっていたり、使用環境が異なっていたりして、ほとんどの製品にばらつきが存在します。ユーザの手に渡ったときに、このばらつきが原因で、環境条件が変わると動作しないとか、使っているうちに機能しなくなったなどという、品質問題が発生する事は周知の通りです。これらのばらつきは、次の3つに分類することができます。
(1) 環境の変化によるばらつき
(2) 使っているうちに機能しなくなる劣化によるばらつき
(3) 品物間のばらつき
Q:それぞれのばらつきについて事例で示して下さい。
A:(1)のばらつきは常温では動作していたのに低温だと動かなくなったという類のものです。(2)のばらつきは使っているうちに音がうるさくなってきたとか、振動するようになったといった劣化に関するばらつきです。 (3)のばらつきは、材料や寸法の微妙な違いで生じるばらつきで、製造部門が管理するばらつきです。
Q:開発段階で抑えておかなくてはならないばらつき対策はなんですか。
A:ユーザが問題とするのは、購入した唯一の製品が、環境の変化で機能しなくなったり、使っているうちに機能が劣ってくるといった(1)、(2)のばらつきです。このばらつきは製造の努力でゼロできるものではなく、開発段階で抑え込んでおかないといけないものです。そのために、設計者は色々な条件で試験を行ない、機能するかどうかの確認を行なっています。しかし、確認実験は市場の環境をすべて網羅したものではなく、見つけられなかった問題点は市場に流出し、クレームを発生させることになります。
Q:従来の手法はなぜ、開発期間が長くかかるのでしょうか?
A:従来の設計のやり方と、その問題点を示します。
これは多くの品質特性に対して、確認実験を行なって問題点を見つけ出し、問題点をフィードバックして修正していくといった確認修正型です。このやり方は、1つの品質特性を改善すると、他の品質特性が悪くなったりして、なかなか品質問題が解決せず、開発期間が長くかかります(品質特性に関わる副作用エネルギーは、互いにエネルギーを交換する」という法則があり、特定の品質特性だけを改善しても、本当の改善にはなりません)。
また、決められたテスト条件で正しく機能する事が確認できたからといって、全ての条件で正しく機能するか不明です。そういった物が市場クレームとして戻ってきて、その対策のためにさらに開発期間を長くなってしまいます。
さらには、開発期間が長くかかるということは、それだけ開発コストがかかるということですし、技術が急速に進歩している現在は、時間をかけて開発していたのでは、商品の寿命が短くなるといった収益に関わる問題も発生します。
Q:ばらつきとコストは、どのような関係があるのでしょうか?
A:従来手法では、カットアンドトライでばらつきが抑えられない場合、次のような対策を行なっています。
(1) ノイズ(ばらつきの原因)そのものを管理・抑制する。
[例]・使用する部品、材料のばらつき抑制
・使用条件の制限
(2) 特性の変動を補償装置により抑える。
[例]・ネガティブ・フィードバック
このようなやり方には、どちらもコストアップとなってしまいます。さらに、使用条件の制限は市場のシェアを狭めることにもなりますし、補償装置の追加は、それ自身の故障により、故障率が増加してしまうといった新たな問題も発生します。
このように、ばらつきは品質、開発期間、コストに大きく影響しており、このばらつき問題をいかに解決するかが重要になります。
Q:それでは、どのようにすれば解決するのでしょうか?
A:これらの問題は、従来の設計手法(確認修正型)を、次の技術開発型に移行させるさせることによって解決します。
この開発方法は技術開発の段階で、機能の研究だけでなく、ノイズ(機能をばらつかせる原因)の影響を受けにくくする安定性の研究をおこなっておくというものです。このノイズに強い設計を行なうことをロバスト設計と呼んでいます。
技術のロバスト設計ができておれば、商品開発は技術の組み合わせと、目的特性にするためのチューニングだけですみます。品質特性をクリアするためのもぐらたたきループも解消し、設計工数の低減が図れます。
また、ロバスト設計を行なっても、まだ目標とする安定性が得られない場合にのみ、コストと品質のバランスを取りながら、部品のグレードアップや補償回路の追加を行なうため、コストアップを最小限にすることができます。
Q2 なぜ品質工学が有効な手段なのか。
Q:前章で確認修正型設計を技術開発型設計にすれば、品質、開発期間、コストの改善ができるとしました。しかし、簡単に安定性設計を技術開発段階に移すことができるものでしょうか。
A:技術開発型設計を成功させるためには、先行性、汎用性、再現性の高い技術開発を行なうことが極めて重要になってきます。そして、この先行性、汎用性、再現性の高い技術開発を効率よく行なう手段として、品質工学があります。
Q:先行性とは何ですか?
A:商品企画に先行して安定性の研究を行なうのが技術開発型です。しかし従来のような品質特性の評価を行なっていたのでは、最終製品の仕様により評価が異なってくるため、仕様の決まらない商品企画前に安定性評価を行なうことは不可能です。
品質工学では、品質特性を評価せず、技術の機能性(入力に対してどのような出力となるか、技術に求められている働き)を評価することを推奨しています。技術の機能性は、要求仕様が明らかになっていなくても、安定性の確保を行なうことができるため、商品企画に先行することができます。
まず、要求特性とは無関係に機能の安定性の研究を先行させ、機能のばらつきをできるだけ減らしておきます。次に数多くの設計パラメータの中から、ばらつきに影響せず、要求特性を自由に変えることのできる設計パラメータを見つけておけば、商品企画が終了して要求特性が明確になった時点で、ばらつきの少ない製品を直ちに効率よく開発することができます。
Q:汎用性について説明してください。
A:安定性の研究には大きな工数が必要となります。したがって、特定の製品に対してのみ適用可能な技術開発を行なっていたのでは、非常に効率が悪くなります。従来の品質特性を評価していたのでは、要求特性によって評価結果が異なるため、汎用性のある技術開発ができませんでした。
品質工学ではシステムの機能性を追求しています。仕様にとらわれず、広い範囲でこの機能性を評価すれば、幅広く流用できる技術開発ができます。
Q:再現性を得るにはどうすれば良いのでしょうか?
A:安定性設計を商品企画の前に行なうためには、技術開発段階の小規模実験の結果が、製品で再現し、さらには大規模な市場の結果とも一致する必要があります。そのためには、さまざまな条件で機能することを、どのように評価するかが問題となってきます。
安定性の研究を行ない、ばらつきを小さくしているため、開発段階で確認した結果と市場の結果が一致しやすくなっています。そのうえ品質工学では、再現性を悪くする原因である交互作用の有無を確認することができます。
交互作用の無いことが確認できれば、高い再現性を期待することができます。もし、交互作用が有れば、実験で取り上げた条件設定が間違っていたことになり、速やかに実験の再検討に入ることができます。
従来の1因子実験でも、交互作用が無ければ、同じ最適条件を求めることができます。
しかし、1因子実験では交互作用の有無が確認できません。交互作用があった場合は、ある条件ではばらつきが最小であっても、他の条件では大きくなるような、再現性の悪い条件を選んでしまう恐れがあります。
Q:交互作用とは何ですか?
A:交互作用とは、因子間で相手の水準(設定値)により各因子の効果が異なることをいいます。
たとえば、プラスチックの温度による伸びを最小にする添加剤をB1,B2(Bを2通りに変えられることを、Bは2水準ある、といいます)から選びたい場合、添加剤B1,B2における伸びを、温度A1,A2で測定します。この時に、温度A1では添加剤B1の方が伸びが小さいのに、温度A2では添加剤B2の方が小さくなる場合を交互作用があるといいます(温度によって、最適添加剤がかわる)。
交互作用があると、評価した条件では最適解であっても、全ての条件で最適解とはならず、評価していない条件で使用されると、不具合の発生する恐れがあります。
Q3 ばらつきを減衰するパラメ-タ設計とは何か。
Q:パラメータ設計の意味を簡単に説明してください。
A:技術とは物を作る世界で、物を作ることになるとばらつきとの戦いとなります。
そしてばらつきとの戦いとは、機能をばらつかせるいろいろな要因(これを総称してノイズといいます)との戦いです。
例えば、車を例に取ると、冬になって、温度が下がると油の粘性が高くなって、エンジンの始動性が悪くなるようなことを経験したことがあると思います。この対策として温度変化をコントロールしようとしても、相手は自然環境の変化ですから全く不可能なことです。
このようにあらゆるノイズを潰すということは不可能です。時間もお金も工数もかかる上に、必ずしもうまくいくとは限らないのに、現実にやっていることはまさにモグラたたき的なノイズ退治で、このことが開発業務の効率を大きく低下させています。
品質工学の中のパラメータ設計は、このようなノイズ退治はやめて、ノイズの存在を認知した上で、製品の機能だけはノイズに影響されないように設計しようという手法です。
出力値と設計定数(パラメータ)やノイズの間には、下図のような線型や非線型の因果関係が存在します。パラメータ設計は、これを利用してノイズの影響を受けにくい設計を行ないます。
Q:従来の設計方法とパラメータ設計の違いについて説明してください。
A:両者の主な違いは以下となります。
★従来の設計手法
入力に対する出力を、目標値に合わせることを重要視するため、ノイズの影響が大きくなるか、小さくなるかは問題にしません。目標値mにあわせるため、設計定数Aの値をA1に設定しますが、下図では設計定数Aのばらつきに対し、出力のばらつきが大きくなります。出力のばらつきを小さくするには、設計定数Aのばらつきを抑えるしかなく、部品の選別、補償システムの追加等で抑制するため、コストアップとなります。
☆品質工学(パラメータ設計)手法
第1段階:
非線型の因果関係を持つ設計定数を利用し、ばらつきを抑制します。
設計定数A2を選択すると、出力がm+dと目標値からずれますが、ばらつきは設計定数Aのばらつきより小さくなります。したがって、設計定数Aがノイズでばらついても出力は変動しなくなります。(安定性設計)
第2段階:
線型の因果関係を持つ設計定数を利用し、出力を目標値に合わせます。設計定数Bは線型であるため、どの水準(値)を選択にしても設計定数Bのばらつきに対する出力のばらつきは変わりません。しかし、水準を変えれば出力値は変わるので、B3を選択すれば、第1段階でずれた出力dを元に戻すことができます。(チューニング)
パラメータの組み合わせは、従来手法ではA1 B2、パラメータ設計ではA2 B3となります。出力はともにmで同じですが、ばらつきはパラメータ設計の方が小さくなります。
Q:パラメータ設計の適用例を示して下さい。
A:パラメータ設計の考え方を、セラミック振動子を用いた時計の例で説明します。従来の設計法の場合は、時計に要求される特性は表示時間と実時間が一致することとして、最初に表示時間と実時間が一致する振動子の振動数を求めます。仮にこの振動数が標準条件で100Hzだとしたとき、次のステップでは振動数を100Hzに固定した状態でムーブメントを設計していきます。振動子の振動数が100Hzであれば、正確な時計となりますが、振動子の振動数がばらつけば時計の方もばらついて、精度の悪い時計となります。さらに、電源電圧の変動や温度変化によっても振動数は変化しますから、使用環境の変化によって、時計は益々ばらつくことになります。したがって、精度を予測することはもちろん、調整することすらできなくなります。
一方、パラメータ設計の場合は、最初から表示時間と実時間を一致させようとせず、まず、周波数を掃引させて、それぞれの振動子の周波数特性が、最も安定した振動数を求めます。仮にこの振動数が200Hzであれば、200Hzを一秒に設定すれば良いのです。
重要なポイントは周波数特性の安定性(直線性)であって、表示時間と実時間が一致することではないのです。さらにムーブメントを構成する抵抗やコンデンサの容量、振動子のメーカ等をパラメータとして、電源電圧や温度変化が生じても、振動数だけは極力返歌しないようにパラメータの水準値を決めていきます。これが第一段階の安定性設計です。
1時間で2時間、2時間なら4時間を正確に刻む時計の機能は素晴らしいものです。しかし、このままでは製品として使用することができないので、表示時間が実時間に一致するように、機能を乱さないパラメータで調整する必要があります。これが第2段階のチューニングです。この場合は歯車比を変えてやればよいことになります。
このようにして、安価なセラミック振動子を用いながら、大変精度の高い時計を設計することができます。
Q4 なぜ機能性を評価するのか。
Q:従来行なっていた品質特性での研究はなぜいけないのでしょうか?
A:開発業務の中で、一般的に用いられている評価特性は、振動、騒音等のユーザの要求を示す消費者品質です。消費者品質はユーザにとっては重要な品質特性であり、ユーザと接する検査の立場では、このような品質特性で評価することは極めて当然です。しかし、開発業務に従事する技術者は機能性で評価すべきです。
これらの品質特性は入力されたエネルギーが本来の機能のためにうまく使われないために発生する不具合現象です。表面的な現象にすぎない品質特性をそのまま用いて、検査の肩代わりするような立場で開発を行なうと、開発効率が大幅に低下し、開発がうまくいきません。
品質工学では、品質特性でなく、機能性の評価を推奨しています。システムにはそれぞれ果たすべき役割があります。設計者はある役割を持つシステムを考案するとき、最初に機能を達成するためのメカニズムとか、技術手段を追求します。そして、どういう状態になれば目的を達成するか検討します。
さらに入力されたエネルギーが本来の機能に消費される割合を増加させることによって、製品として使用する際の入力エネルギーを減らすことができます。このようにエネルギーの変換効率を上げることによって、必然的に副作用として消費されるエネルギーが減少し、品質特性が向上します。
入力エネルギー=有効エネルギー+無効エネルギー
有効エネルギー:機能のために費やされるエネルギー
無効エネルギー:振動、騒音など副作用のエネルギー源
品質特性での改善(無効エネルギ-を品質特性間で交換)は、別の品質特性の悪化をまねき、本質的な改善となりません。効率を上げることで(機能性の改善)、無効エネルギーが減り、品質特性を改善できるのです。
Q:機能性を測定する計測方法はあるのでしょうか?
A:必然的に、どのような計測特性で測れば、機能の発揮度合いが明確になるか考えざるを得ません。あらゆる機能はエネルギ-の変換であると言われており、システムとしてどのような入出力関係にあるべきかを先ず考えなければなりません。これが品質工学で重視している計測特性であり、正しい計測特性を用いないことには適切な評価ができません。計測特性が判れば、理想的な関係からの乱れ(機能のばらつき)をいかに小さくするかを追求できます。
Q5 なぜ機能性の評価は動特性で行うのか。
Q:動特性とは何ですか?
A:動特性とは、入力と入力に対応した出力との間の比例関係を評価するものです。なぜ、ある入力における出力のバラツキを評価してはだめなのでしょうか。自動車のステアリングシステムを例にとって説明します。
自動車のステアリングシステムの機能は、ハンドルの回転角に比例して、自動車の進行方向が変わることです。この機能を乱すもの(ノイズ)としては、道路の状態、タイヤの種類、搭載重量などがあります。これらの因子にできるだけ関係なく、機能を果たすような設計を行なう必要があります。
従来(数理統計)は、あるハンドル角における自動車の回転角度の誤差分散を求め、その分散が小さい条件を求め、分布から求まったかたよりを補正していました。これで本当にばらつきの小さな条件設定となっているのでしょうか。ステアリングシステムにおける、ハンドルの回転角度は無段階なものです。どんな回転角度で使われるかわかりません。また、ハンドル角度に対する誤差分散は常に同じとは限りません。(図参照)
Q:理想機能からのずれは何で評価するのですか?
A:品質工学では、理想機能とのずれを回帰線の比例定数の差(かたより)と、ノイズの効果、回帰線からのずれに分解して評価します。ノイズの効果は機能の乱れにくい条件と乱れが大きくなる条件の差で、図におけるN1とN2の差で、この差が小さいほどノイズに強い条件となります。ハンドル角度による回帰線からのずれ(N1,N2各線と分布の中心のずれ)が機能性を示しています。
従来の手法では、すべてのハンドルの回転角に対する分布は求めることができないため、この部分が無視されていました。そのため、ある回転角でずれを小さくするためのかたより補正が、ある回転角では逆にずれを大きくしてしまう結果となる場合がありました。このバラツキを最小にする条件を求めることで、よりばらつきを小さくすることができます。また、信号因子(ハンドル角)の範囲を大きく取ることで、類似機種に流用できる汎用性のある技術開発ができます。
かたよりはN1,N2の平均と理想関係のずれです。このかたよりは商品設計や、製造工程で補正できるものですが、前の2つのばらつきは、技術開発段階で最小となる条件を求めなければ、補正できるものではありません。したがって、機能性の評価は動特性で行なう必要があるのです。
Q:評価の尺度は何ですか?
A:従来手法(数理統計)では、バラツキは偶然発生するものと考えられています。これは機能性が十分得られており(分布の中心は回帰線上にある)、ばらつきは製品間の差だけであると言う前提のもと、検査の場で用いられるものです。機能性が得られていない(ばらつきが必然的に起こる)技術開発段階では、回帰線からのずれを含む動特性のSN比で評価する必要があります。