品質工学会 学生賞

2025年 学生賞

2025年4月12日
品質工学会 審査表彰部会

授賞の背景

 品質工学の持続的な発展を図るには大学など教育機関における品質工学の取り組み活動が重要である。品質工学会学生賞はこの活動を支援し,教育機関における品質工学の存在感を高めるための,優秀な学生の研究に対する賞である。
 応募された研究について審査表彰部会にて厳正に審査を実施し,下記の研究を2025年品質工学会学生賞に選定した。
 本賞は現時点の成果はもとより今後の研究の深化への期待も込めて評価している。受賞者には,研究をさらに進めてさらに大きな成果を上げることを期待する。あわせて受賞者が将来の品質工学を担う人材となることも期待する。

受賞研究

題 目 ダイナミックセル生産方式における保全管理の最適化のためのデータ駆動型状態監視システムの研究
受賞者 大森哉瑠(埼玉工業大学大学院 工学研究科 博士前期課程2年 機械工学専攻)
指導教員 河田直樹(埼玉工業大学大学院 工学研究科 教授)
研究の種類 修士論文

研究概要と選定理由

応募者による研究概要および審査表彰部会による選定理由を以下に記す。
 
[研究題目]
ダイナミックセル生産方式における保全管理の最適化のためのデータ駆動型状態監視システムの研究
 
[研究概要
 製造現場の問題点として,工程ごとに作業者が必要となるため作業人員の数が多くなることや,設備トラブルによる不良率の上昇などが挙げられる.この問題の解決にあたり,ダイナミックセル生産方式を導入し,その生産ラインの監視のための統合型センシングシステムによるデータ駆動型状態監視システムの構築を提案する。ダイナミックセル生産方式とは,セル生産方式をライン生産方式のようにつなげることでそれぞれの長所を取り入れた生産方式のことである。しかし,ダイナミックセル生産方式実現の技術的問題点として各加工工程が異なり独立していることから状態監視システムを構築する際に種々のデータを収集する際の基準が異なるため正規化する必要があることが挙げられる。この問題点の解決を図るため,本研究では異なる加工工程が含まれた生産ラインを構築して検討を行った。各工程で得られた正常な状態のデータを解析し,さらに統合することで生産ライン全工程の学習データ群とし,実際の工程で生じる異常の検討を行うことで項目診断によるデータ駆動型状態監視システムの構築を行う。各工程における正常と異常の判別を行うために有効な特徴量の選定には故障モード影響解析(FMEA)の結果を用いた.またMTシステム(MT法)を適用する際に各工程から得られるデータの基準を定める必要があるが,得られたデータはそれぞれサンプリング数が異なるため,本実験では最も少ない工程を基準を定めるために正規化を行い、波形解析による重み付けを行った。そして,生成された全工程の比較データを用いて生産ラインの変化に対応するMTシステムを適用することで,どの工程で異常が発生しているか適切に診断が行われるかを検証する.本研究の結果,複数の異なる加工工程を含む生産ラインであっても,各工程の異常発生の検知や,異常が生じた工程の特定ができた。以上より,ダイナミックセル生産方式のために構築したデータ駆動型状態監視システムにおける項目診断の実現可能性を得た.。
 
選定理由]
 本研究は,ダイナミックセル生産方式における保全管理の最適化を目的とし,データ駆動型状態監視システムの構築を提案している。FMEAやマハラノビス距離を活用した異常診断の導入により従来の生産管理手法と比較して異常検出の精度を向上させている点が特徴的である。実際の生産ラインを構築し,ロボットアームやCNCフライス盤,レーザ加工などの工程で異常を再現しながらデータを収集・統合したリアルタイム監視を実現しようとするアプローチは新規性が高い。さらに,加速度センサやカメラ,サーモパイルなど多様なセンサを組み合わせ,各工程に適した異常検出手法を設計している点も評価できる。
 データ解析では波形解析を用いてサンプリング数を統一する工夫を取り入れ,マハラノビス距離によるMTシステムの導入で異常と正常の判別精度を高めている。また,要因効果図を活用して異常の定量的評価を行う点も適切である。ただし,品質工学との関連性についての言及がやや弱い。ここをより明確に示すことで研究の説得力が一層増すと考えられる。特に,工程間のばらつきの影響を低減する品質工学的アプローチについて言及すれば本研究の位置づけがさらに強固になるだろう。
 産業応用の観点からは,リアルタイム監視の実現により異常発生時の迅速な対応が可能となる点を高く評価できる。経験の少ない作業者でもデータに基づき適切な判断ができる仕組みは,現場導入を意識した研究として意義が大きい。一方で,導入コストとメリットのバランスについての議論がまだ不足しているため,経済的な側面を考慮した分析が加わると実用化に向けた説得力がさらに増すだろう。また,異常診断の結果の汎用性や誤検出率の低減策についての議論が深まると,より幅広い生産ラインへの適用可能性が明確になる。
 全体として論文としての完成度は高く,論理的な構成や図表の活用,文章の明瞭さの面でも優れている。実験データの収集から解析,異常診断までの流れが明確であり,研究としての説得力もある。上述の通りいくつかの課題は残るものの,データ駆動型状態監視システムの導入による生産ラインの最適化というテーマにおいて十分に意義のある成果を示しており,新規性と実証的なアプローチの両面で優れた研究である。以上の結果,採択が妥当であると判断する。

お問合せ

学生賞に関するお問い合わせは,品質工学会事務局までお願いします。
  品質工学会事務局 金野(こんの) 

  ・ TEL (03) 6268-9355  ・FAX (03) 6268-9350