公益財団法人 精密測定技術振興財団 品質工学賞

2018年 論文賞 金賞・銀賞

2018年4月21日
品質工学会 審査部会

授賞の背景

 品質工学の最優秀論文に授与される〔公益財団法人精密測定技術振興財団品質工学賞論文賞〕の審査を平成30年2月24日開催の審査委員会にて実施した。その結果,2017年に学会誌掲載された論文10編より,2018年度品質工学賞論文賞(金賞1編と銀賞3編)を選定した。

受賞論文

金賞 題 目 構想設計へのバーチャル・パラメータ設計の活用の研究(Vol.25 No.5)
受賞者 埴原文雄*1,倉地雅彦*1,大西隼也*1,古田達也*1,豊田美帆*1,田中 悠*1,奥澤 翔*1,近藤芳昭*1,田村希志臣*1,西沢公夫*2
(*1 コニカミノルタ(株)正会員,*2コニカミノルタ(株))

銀賞 題 目 裁判事例の分析による職場のパワーハラスメントの判断基準の検討(Vol.25 No.3)
受賞者 佐藤 誠*1,矢野 宏*2
(*1 厚生労働省 正会員,*2 応用計測研究所(株)正会員)

銀賞 題 目 リフロー用はんだの機能性評価(Vol.25 No.2)
受賞者 日高隆太*1,石田雄二*1,長谷部光雄*2
(*1 (株)安川電機 正会員,*2 のっぼ技研 正会員)

銀賞 題 目 プラズマ切断機用トーチにおけるノズル冷却のパラメータ設計(Vol.25 No.4)
受賞者 高田伸浩*1,近藤圭太*2,山口義博*1,齋尾克男*3,細井光夫*3,大谷敬司*4
(*1 コマツ産機(株)正会員,*2 コマツ産機(株),*3 (株)小松製作所 正会員,*4 元(株)小松製作所 正会員)

審査の視点

 賞は現時点だけでなく,将来を予測しての評価である。発展の可能性が高い研究を評価したい。現時点では荒削りであるとしても,それは将来改善されていくと考える。また,これまでの挑戦の積み重ねが品質工学を発展させたことを考えて,挑戦する研究を評価したい。
 学会の25年を振り返ると,個別技術課題に対して大きな成果を上げている。しかし,個別課題への対応は,狭い視点の目先の解決に終わることがある。個別ではなく,システム全体をとらえる取組みは,マクロ的な視点に立つ研究であり,挑戦でもある。また,品質工学は社会損失の低減を理念として掲げている。社会からの要請に応える取組みも重視した。さらに,効果としてイノベーションへの影響も配慮した。
 品質工学の未開拓な分野・対象はまだまだ多い。会員各位の新しいことへの挑戦を期待する。既存の分野であっても,基本機能や汎用化など,まだまだ追求すべき課題は多く残されており,それらへの追求も期待する。

選定理由

○ 構想設計へのパーチャル・パラメータ設計の活用の研究(Vol.25 No.5

 「バーチャル設計を用いたシャッタ機構の設計」(奥澤翔ら:バーチャル設計を用いたシャッタ機構の設計,品質工学,24,4,(2016),pp43-51)の続報にあたる論文である。前報では対象のシステムがサブユニットであり範囲が小さかったことに対して,本論文では,対象範囲を拡大することにより全体構想の設計につなげ,より開発の諸段階のシステム選択に対する評価を試みている。
 現在の多機能電子写真プリンター(MFP)の画像形成プロセスは,多岐にわたる技術を高度に融合して実施する必要がある大規模システムである。システムの全体最適を目指してシステム選択の構想設計レベルを向上させることを目的にバーチャル・パラメータ設計法(VPD)を活用した事例である。
 狭い範囲を個別最適化したサブシステムの連結で全体システムを構成する従来の開発・設計方法の殻を打ち破り,システム全体の最適化を目指す技術手段を選択する評価手法の構築を目的としている。システムを総合的にみて評価を行うことは,多面的でなければ将来の開発すべき価値を見落とすことになる。評価者は,画像形成プロセスの①感光体②現像剤③現像・転写④定着⑤紙搬送⑥画像安定化の各分野担当者の6名を選定している。その評価を,出力画像の品質を11段階で点数付け,制御因子をL18直交表に割り付け,実施している。誤差因子は画像濃度が低くなる,画像濃度が高くなる条件群、標示因子は高精細な画像,高濃度画像とした。VPDは人の感応を利用した評価をするので,評価者によって異なる結果となることが多く起こる。評価者は計測器に相当するので,計測器としてSN比が低ければ期待した効果が得られないことは通常のパラメータ設計と同様である。複数評価者の合議が有効な場合もあるが,平均的な結果になってしまう場合も考えられるので,評価者の能力に依存することを考えると,多面的な人材を選択する工夫がされている。
 VPDの可能性は,システム全体への適用の可能性,評価の速さと評価コストの低減にある。仮にVPDの再現性が得られないということになっても,その損失は小さい。特に源流でのシステム選択では,戦略的方向性を多面的に評価し,多くの選択肢を検討することが必要であるが,その生産性も課題である。本論文では,短時間で再現性のある評価ができることが示された。また,人を使った評価であるゆえ,その信頼性と納得性に対する課題が多い。確認のためにシミュレーションと比較してその妥当性を評価して点も評価される。開発段階で複数のコンセプトを評価できる可能性も見えるので,今後,多くの事例を通して,技術を蓄積することが期待される。また,ここ数年,継続して発表している点でも評価される。

○ 裁判事例の分析による職場のパワーハラスメントの判断基準の検討(Vol.25 No.3)

 裁判を中心とした人の判断行為に対する評価システムを構築する新しい試みをしている。職場のパワーハラスメントを「同じ職場で働く者に対して,職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に,業務の適正な範囲を超えて,精神的・身体的苦痛を与えるまたは職場環境を悪化させる行為を言う」と定義している。この定義にある「精神的・身体的苦痛」は受け手ごとの主観的な判断基準に応じて苦痛の程度が異なるため,同じ行為であっても受け手によってパワハラとして問題化する場合としない場合とがある。
 本研究ではパワハラであるか否かの判断基準の確立を目的とし,代表的なパワハラに関する裁判事例の分析を通じ,判断基準となり得る単位空間とその要素の抽出を検討している。凡例から判断基準となる用語を抽出し,文字データを数値データに置き換えることで,単位空間としている,それも被害者,加害者のそれぞれの視点で言語情報のデジタル化するなど工夫が評価される。
 パワーハラスメント判断基準という合理的な判断が難しい対象に対し,MTシステムで定量化に挑み,さらにハラスメント以外の裁判にも言語情報をデータに置き換えその適用の可能性を拓いた点を評価する。この研究事例をきっかけに,今後著者が中心になって厚生労働省が担当する他の行政分野への展開を大いに期待する。

○ リフロー用はんだの機能性評価(Vol.25 No.2)

 はんだの接着性に関する論文(電圧-電流特性)はこれまでに多数あるが,本論文は実際に現場で,はんだ付けの評価に電圧-電流特性を用いることが困難であるという声を反映し,あえて「機械的特性」であるじん性値で機能性評価を試みた研究である。過去に電気的特性でパラメータ設計を行った5編の論文の評価と比較し本論文の機械的特性による評価の有効性を述べている。この評価方法は,はんだ量が制御できるリフロー用はんだに限られるが,利点もあり実用上有用な論文である。
 ノイズ因子として,高温高湿試験,冷熱衝撃試験,ガス試験,電流印加,せん断速度変化を印加し入力にはんだ体積,出力にじん性値をとり10種のはんだを評価した。
 はんだBに比較してはんだFのSN比3.9db,感度1.7dbの利得が得られた。今回のはんだの優劣結果が,外部機関が通常の評価方法によって数年間かけて得た結果と同じ傾向であったことから,短期間で効率的に妥当な試験ができたとしている。そこを評価した。

プラズマ切断機用トーチにおけるノズル冷却のパラメータ設計(Vol.25 No.4)

 プラズマ切断機のアークプラズマジェットノズルの冷却水路の形状を最適化した新しい領域の事例である。3次元の熱流体解析を活用し,切断品質(寄付き性)とノズル寿命(冷却機能)の双方を満足させ市場に投入させている。高圧,熱流体などの設計では実機テストも有効であるが,CAEを利用した開発の早い段階でパラメータ設計を実施することにより耐久性のある装置を開発した良い事例である。冷却機能をオームの法則に変換し,温度差でとるなど機能性の評価の工夫がみられる。また,特にツールにより線形モデルを利用するCAEの場合は,1水準信号のSN比で最適化を試みている。
 新型ノズルの導入にあたり,良好な切断品質が開発目標とした時間で持続することを確認し,想定した冷却性能が実現できることを確認した。寄付き性を改善したことで,ノズル出口と切断対象の距離を従来よりも近づけて切断できるようになったことで,プラズマジェットの拡散が抑えられ,切断エッジの丸みが小さく,よりシャープな切断が可能になったとしている。実機でも評価し市場に導入している点でも評価される。
 現状,トーチの機能を切断する機能という観点ではなく,その下位機能で最適化しているので,今後,目的機能へのロジックの展開か,実機での検証が要求される。また,論文でも課題としているように,機能のばらつきやノズル寿命を損失金額として算出する検討が期待される。

お問合せ

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  品質工学会事務局 中山,金野(こんの) 

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