品質工学会 学生賞
2021年 学生賞
授賞の背景
これからの品質工学の持続的な発展を図るには大学など教育機関における品質工学の取り組み活動が重要である。品質工学会学生賞はこの活動を支援し,教育機関における品質工学の存在感を高めるための,優秀な学生の研究に対する賞である。
また,賞は現時点での評価だけでなく,将来の期待を込めて評価している。研究をさらに進め,より大きな成果を上げることを期待する.あわせて,受賞者が将来の品質工学を担う人材となることも期待する。
2020年12月1日(火)〜2021年1月29日(金)の期間に募集し,応募された応募研究の中から審査表彰部会にて厳正に審査を実施し,下記3件の研究を学生賞に選定した。
受賞研究
応募書受付順に記載する。
題 目 | タグチメソッドによるペルチェ式生体用冷却装置の外気温変化に対するロバスト性と省エネ性能の向上 |
受賞者 | 梅田隆生(和歌山大学 システム工学部 システム工学科 機械電子制御メジャー 4回生) |
指導教員 | 鈴木 新 |
研究の種類 | 卒業研究 |
題 目 | MT法による音声および打音の判定技術に関する研究 |
受賞者 | 舟山善貴(日本工業大学 大学院工学研究科 機械システム工学専攻 修士2年) |
指導教員 | 二ノ宮進一 |
研究の種類 | 修士論文 |
題 目 | 主観的コンディションデータによる投手の怪我検知―MT法と多変量管理図の適用― |
受賞者 | 谷口勇紀(慶應義塾大学 理工学部 管理工学科 学部4年) |
指導教員 | 鈴木秀男 |
研究の種類 | 卒業研究 |
受賞研究の概要と審査表彰部会コメント
応募の際に受賞者より提出された研究概要および審査表彰部会コメントを以下に記す。
[研究題目]
タグチメソッドによるペルチェ式生体用冷却装置の外気温変化に対するロバスト性と省エネ性能の向上
[研究概要]
近年、地球温暖化の影響による夏季の気温上昇のため,熱中症対策グッズとして涼感デバイスの需要が高まっている。中でもペルチェ素子を用いた生体用冷却装置の研究,開発が盛んであり,モバイルバッテリーを装置に内蔵しウェアラブル生体用冷却装置として実用化されている。ペルチェ素子は電圧を加えると一方の面から他方の面へ熱の移動が生じる薄型板状の熱電変換デバイスである。小型・軽量で騒音や振動がなく温度制御が可能であるという特徴を持つ一方,ペルチェ素子は外気温度によって素子両面の温度差に変化が生じるため,温度制御性能の低下が起きやすい。また消費電力が大きく,実用化されているウェアラブル冷却装置ではモバイルバッテリーへの負荷が大きいため,使用可能時間の減少が問題として考えられる。
その問題点に対応するために断熱材などを用いたハードウェアでの対策が行われているが,装置の小型化が困難でありコストの増加を招く。そこで本研究では安価で対策が可能なソフトウェアでの対策を行う。タグチメソッドによるPID制御パラメータ設計によりロバスト性と省エネ性能の向上を目指す。タグチメソッドを採用した理由は,外気温の変化という誤差条件下にて制御パラメータ設計ができ制御性能をSN比によって定量的に評価できるためである。直交表実験で得られた消費電力量の値とSN比の値から81通りの推定値の計算を行う。そして求めたSN比と消費電力量の推定値から散布図の作成を行い,直交表実験から得られた平均消費電力量を下回るSN比が最も高い制御パラメータの組み合わせを選択することでロバスト性と省エネ性能の両立化を図った。
提案手法により設計した制御パラメータにより温度制御実験を行った結果,市販品でのソフトウェアよりもタグチメソッドにより設計したパラメータで温度制御を行った方が制御および省エネ性能において良好な結果を示すことを確認した。
[審査表彰部会コメント]
・動的に状態が動く対象の制御は品質工学ではチューニングになる。
・制御は出力の観察値と期待値の差をもとにフィードバックを行うのが普通である。対象が線形応答しないとき,線形フィードバックだけでなく,微分量,積分量を考えてフィードバックする通常PID制御と呼ばれている方式が採用される。
・チューニングにパラメータ設計を適用し良好な結果を得た事例である。システムのロバスト性を高めるために自動制御を付加する場合は多く応用範囲が広いテーマである。
[研究題目]
MT法による音声および打音の判定技術に関する研究
[研究概要]
生産現場では生産管理や保全活動の一環として現在の状態に対しての良否判定を要求される場合がある。良否判定には異常音の検出や打音検査など音による判断も多く採用されている。これらの判定では経験値という熟練によって判定精度が確保されるが,この判定結果の客観的な妥当性を得ることは難しい。
本研究ではMT法によって音の良否判定が可能になると考え,音に係わる判断が必要な2種類の事例に着日した。一つ目は正解が明確であるにも拘わらず判定が困難な人間の音声による話者認識である。生産現場では正常時と異常時の境界を把握できればよいので,ここでは本人と他者の境界を把握することを目的とした。そこで、任意の発言を対象とするのではなく自分の氏名「フナヤマヨシタカ」に限定し,本人の発話を基準の単位空間として他者の発話と比較した。氏名の発話データには文字間のタイミングや抑揚など長年使用してきた個人を特定する特徴量を多く含む。この文字列パッケージの音声波形から10ms毎の周波数解析で得た第1から第4フォルマントおよび音圧の5種類のデータを抽出して基準化し,MT法でマハラノビス距離を求めた。本人の発話はマハラノビス距離0.5~1.0に集約され、他者のデータは1.5近辺にピークが現れ本人と他者の識別が可能であることを明らかにした。
二つ目はリングによるボルト締結のゆるみの検出判定とハンマリングによる肉盛溶接施工の良否判定を対象として,話者認識と同様にMT法による判定を試みた。通常、打音検査にはFFT解析が用いられるが,人間の聴覚心理に基づくエキサイテーシヨンパターンによる音波形解析を利用した。正常時の打音波形について音発生時から0.3秒以内の音波形を18分割し,各時間の周波数を帯域別に128分割してエンベロープ値をマッピングした。これらの18× 128個の正常時データを単位空間とし異常時の判定を行った結果,本手法によってボルト締結のゆるみや肉盛溶接施工でも打音判定が可能であることを示した。
[審査表彰部会コメント]
・話者認識については学会の大会で発表されており,その応用アプリが大学主催のビジネスプランコンテストで川口信用金庫賞を受賞している。
・打音検査で通常のFFT解析で判定困難な事象に対して,人間の聴覚心理に基づく音波形振動解析を活用し振動数帯域毎に分別することで経時変化に対応できる評価法を提案し,ボルト締結や溶接の評価においてこれまで人間の感覚による官能評価を数値化できることを示した。
[研究題目]
主観的コンディションデータによる投手の怪我検知―MT法と多変量管理図の適用―
[研究概要]
「学生野球投手の怪我を減らしたい」「スポーツにおける主観的コンディションデータの活用が進んでいる」という背景のもと「主観的コンディションデータを用いて怪我予防のための新しい指標の一つを提案する」という目的で本研究を行った。主観的コンディションデータとは日々の自らのコンディションを主観的に数値化したものである。今まで感覚で感じていた疲労や体の調子を個々の基準で数値化,可視化することにより自らの体の傾向をつかみ,怪我予防やコンディション管理に生かすというものである。
本研究ではこのデータの特徴である個人間の特徴を考慮して分析するため,MT法のSN比を用いた変数選択をした後,ホテリングのT2管理図を用いて異常検知を行った。実際の選手5人のデータを使い,分析,検証を行った。結果は変数選択によって個人間の特徴を考慮して分析を行うことができ,管理図によって選手の怪我を検知することができた。ある選手では怪我をする1週間前に管理図から異常が検知されており,もしこの管理図からの警告があれば指導者が選手の状態に気づき怪我を防げていたかも知れない。また、ある選手は事前の聞き取りではその期間に異常がなかったと回答していたのにも関わらず,管理図から警告が出た。この結果をもとに聞き取りを行うと「実際は痛みがあった」と回答した。
スポーツでは指導者が選手の状態を正確に把握することは困難である。選手を見てその指導者の感覚や経験則で判断する場合や選手が怪我や不調を申告しない場合もある。その時,このような具体的なデータを示しコミュニケーションをとれば,選手たちの正しい状態を把握することができ選手の怪我を防ぐための正しい意思決定ができると考えられる。
今後,主観的コンディションデータの研究が進めば誰もが自らのコンディションを正確に知ることが期待できる。スポーツ界だけでなく健康管理や医療など様々な場面での活用が広まっていくと考えられる。
[審査表彰部会コメント]
・スポーツ選手の怪我早期発見・予知を主観データによりMT法と管理図を用いて試みている。将来は一般の人の健康管理などへの発展も期待でき社会的価値が大きいテーマである。
・時系列データにMTシステムを適用することは個別項目の時系列ではなくパターン変化の時系列を考える研究である。
・集団ではなく個人ごとに単位空間を設定し個人ごとに判断するシステムはMTシステムが大いに期待される適用対象である。
お問合せ
学生賞に関するお問い合わせは,品質工学会事務局までお願いします。
品質工学会事務局 金野(こんの)
授賞・褒賞