理想を目指して 新たな品質工学の道

これからの25年を見据えて

一般社団法人 品質工学会
会長 谷本 勲

 
 昨年の総会で会長に推挙され早一年になろうとしています。就任して先ず考えたことは田口、矢野両先生が学事を離れた後の学会をどう運営していくかということです。このようなお話をするとある人から「品質工学会が衰退するならそれはそれで仕方ないのではないか」と言われたことがあります。しかし、私は私なりに品質工学に対する思い入れがあります。それは今の日本産業界再生の原動力になるのは品質工学だという思いです。
 
 今働き方の変革が叫ばれています。そして働きすぎによる過労死、残業時間の過剰等がメディアをにぎわしています。それはそれで問題でしょう。しかし一生懸命ということもなんとなく否定されているようで、すっきりしない思いもあります。この問題を解決するには生産性の向上を図らなければなりません。生産性の向上があってこそ働き方の改革ができることだと思います。
 
 現役時代、私は生産技術の仕事をしていました。現場の自動化を至上命題としてきました。しかし、ふと気がつくと機械の前にいる人より机の前の人がはるかに多くなっていました。自分の改善の思いの狭さに気づかされたのです。 実行部門だけでなくマネジメント部門も含めて総合的に生産性の向上を考えなくてはならないということは当たり前のことです。しかし実際にこれらを同じテーブルに載せて議論をしようとすると対応する理論がありません。それを可能にしてくれたのが品質工学だったのです。
 
 品質工学は「品質は社会の損失である」として、コストと品質の対立を解消し、実行と監視の対立関係であった技術者とマネジメントなど企業活動の全ての機能間の対立を解消しました。そして全部門整合性を持つて生産性の向上を進めることが可能となりました。品質工学は日本産業の再生のために欠くことできない学問だと思います。さらに今後益々巨大化、複雑化するシステム開発も含めて品質工学の発展、普及に尽力するのは学会員としての使命だという思いです。
 
 では具体的にどう展開するか、この一年をかけ私の考えを皆さんに訴えてまいりました。先ず就任挨拶で次の三つの課題を掲げました
 
 ① 田口先生亡き後の技術開発をどうするのか
 ② 矢野先生のエコシステムをどう引き継ぐか
 ③ 結果として会員増を達成するか
 
 田口玄一先生は先にも挙げましたが「品質は社会の損失である」というものさしを示し、この解法として機能性評価法とそれを使った最適設計法および損失関数を提案されました。そしてそれを実証するために学会活動を開始し、品質工学研究発表大会を開催して広く個々の技術課題について評価技術を具体的に積み上げてきました。具体的な事例がないと品質工学の研究ではないと言われるのもここが出発点になっていると思います。
 
 学会活動を通して広く集められた事例をまとめ、技術者がすぐ応用できるように体系化すること、必要に応じて新しい解決法を提案することを田口先生がやってきました。品質工学研究発表大会がスタートして10余年後に始まった技術戦略研究発表大会は、田口先生の事例研究をマネジメント層含めて広く会員に広げ組織的な展開活動をしたいとの認識で始められたと思います。春の研究発表大会が広く個々の事例研究を集め共有する場であり、秋の技術戦略研究発表大会は個々の研究をまとめ、体系化、総合化して「社会の自由の総和の拡大」を目指す場なのです。これらの場を通じて研究の質と量を拡大し、学問として作り上げたいと思っています。
 
 課題はどのように田口先生の頭の中を再現するかということです。もちろん我々個々の力ではそれを実現することは困難を伴います。その回答の一つが、いかに全員の力を結集するかということだと思います。それには「品質工学の目指すところ」を明確にし、皆でそこを目指すことで達成しようと思いました。25周年記念事業活動委員会を編成し「理想を目指して 新たな品質工学の道」としてまとめてみました。
 
 物事が理想に向かっていると判断できれば対応の仕方を間違いません。物事の効率化はまさに「評価」にかかっています。「評価」が正しくできれば技術開発のみならず、まさしくあらゆる分野の改革を推し進めることができます。一方「評価」は周りの組織に認められていることが必要です。品質工学会は、研究成果を学問成果として認知する会誌を通じて公にします。学問としての研究成果を総合化、一般化、汎用化し分野別に評価技術としてより使いやすい知識として提供していくとともに、各分野の専門の方に品質工学の有用性を認知される活動をしていくことが求められます。
 
 この二つの活動を皆さんの力を結集してやっていくことが学会の仕事です。我々の活動の原点は「理想を目指して 新たな品質工学の道」にあります。我々の「評価」基準もここにあります。この「評価基準」に従い皆さんとともに全力で新しい品質工学の確立に向けて邁進していきたいと思います。