公益財団法人 精密測定技術振興財団 品質工学賞

2015年 論文賞 金賞・銀賞

2015年4月19日
品質工学会 審査部会

授賞の背景

 品質工学の優秀論文に授与される〔公益財団法人 精密測定技術振興財団 品質工学賞論文賞〕の審査を平成27年2月28日開催の審査委員会にて実施した。その結果,前年の2014年に学会誌掲載された論文23編より,2015年度品質工学賞論文賞(金賞1編と銀賞3編)が選定された。

受賞論文

金賞 題 目 単位空間のメンバーが1つの場合の転写性評価による印鑑画像の識別(Vol.22 No.5)
受賞者 矢野耕也*1,大坂一司*2
(*1 日本大学 正会員,*2 日本大学 学生会員)

銀賞 次の2編の論文を併せての受賞とする。
題 目 押込変形プロセス試験による材料の熱処理評価(2) -押込変形プロセス試験による熱処理と試験条件の解析-(Vol.22 No.5)
受賞者 中井 功*1,井上克彦*1,矢野 宏*2
 (*1 (株)アサヒ技研 正会員,*2 応用計測研究所(株) 正会員)
題 目 押込変形プロセス試験と引張変形プロセス試験の関連性の検討(1)(Vol.22 No.4)
受賞者 中井 功*1,井上克彦*1,矢野 宏*2
 (*1 (株)アサヒ技研 正会員,*2 応用計測研究所(株) 正会員)

銀賞 題 目 ピストンオイル保持機能を通したエンジン開発上流工程における品質工学の適用(Vol.22 No.6)
受賞者 沢田龍作
(トヨタ自動車(株) 正会員)

銀賞 題 目 大型プラントのメンテナンスに用いる硬質肉盛溶接材料の仕上げ加工の自動化(Vol.22 No.2)
受賞者 二ノ宮進一*1,深谷健介*2,白石洋一*3
(*1 日本工業大学 正会員,*2 日本工業大学大学院 学生会員,*3(株)WAJ 正会員)

審査の視点

 論文賞の審査基準に基づき審査をするが,審査員各自事前審査し,その結果を元に審査会で各論文を個別議論した上で最終審査をしている。学会活動21年を振り返ると個別技術課題に対して機能性の評価や品質工学の推進の研究で大きな成果を挙げてきている。しかし,個別課題への対応は,狭い視点の目先の解決に終わることがある。品質工学の戦略性を考えてシステム全体をとらえる取り組みは,マクロ的な視点に立つ研究であり,そこには創造性が要求され挑戦が期待されている。また,品質工学は社会損失の低減を理念として掲げている。これら社会からの要請にこたえる取り組みを重視した。
 賞は現時点での研究成果だけではなく,将来の研究への波及をも予測しての評価も重要である。これからの発展の可能性が高い研究を考慮した。現時点では荒削りであるとしても,会員の研究の連鎖によりそれは将来改善されていくものと考える。このような,挑戦的な研究を評価した。
 品質工学の未開拓な分野・対象はまだまだ多い,会員各位の新しいことへ創造性を駆使した挑戦を期待したい。既存の分野であっても,基本機能や汎用性など,まだまだ深化すべき課題は多く残されており,それへの追求も評価した。

選定理由

【金賞】単位空間のメンバーが1つの場合の転写性評価による印鑑画像の識別(Vol.22 No.5)

 田口玄一が考えたMTシステムには複数の解析法があり,研究の対象,研究の目的,データの性質などによって適切に使い分けなければならない。過去ある対象を識別する際,何らかの基準を置いてそれとの比較を行うという手順がとられるが,基準または手掛かりとなるものがただ1つしかない場合がある。単位空間のメンバーが1つで,かつ真値が存在しない場合の解析法が存在しなかった。
 単位空間のメンバーが一つというのは,例えば,係累をたどる上で残っている1枚の写真とか,犯行現場から採取された指紋やDNA,銀行における届け出印の印影などである。n=1の単位空間データで対象の識別(分類)を行う方法についは,田口玄一より提示された方法を示されているが,それが具体的な例で検証はされていない。本論文は,田口の古い文献からヒントを得,MTシステムとしての解析可能な方法を探し,印鑑の印影を事例として示した最初の論文である。転写性のSN比として提案された方法を拠り所に,MTシステムを研究し解析の方向性を示している。今後,単位空間のメンバーが1個しか存在しない場合の解析法として多くの利用が期待できる。その点を評価した。

【銀賞】
①押込変形プロセス試験による材料の熱処理評価(2) -押込変形プロセス試験による熱処理と試験条件の解析-(Vol.22 No.5)
②押込変形プロセス試験と引張変形プロセス試験の関連性の検討(1)(Vol.22 No.4)

 硬さ試験や引張試験は材料の品質特性を計測する上で,広範囲に使われている。しかし,これらの試験法は材料特性の最終結果を測るものであった。著者らは,物理特性の硬さに対して圧力変形プロセスに着目している。さらに,引張り強度は,材料が破壊するまでの変形プロセスに着目し動的特性を評価しようとしている,新しい材料の機能特性に関する評価尺度の研究である。具体的には,論文①は熱処理結果の解析方法として従来実施されていたロックウェル硬さ試験に代わる押込変形プロセス試験について研究している。硬さレベルの異なる2条件について,熱処理条件と変形プロセス試験の試験条件についてパラメータ設計を行い,SN比と1次感度係数β1と2次感度係数β2の解析を行い,押込変形プロセス試験と熱処理加工条件の組合せ効果を明らかにしている。また、押込変形プロセス試験と既存の試験法の硬さ試験と引張試験との対比から,既存の試験方法の傾向も明らかにしている。動的プロセスのばらつきを低減することにより,より精度の高い硬さ測定の開発が期待される。
 論文②は,引張変形プロセスの評価により安定的な引張試験片を作製し,引張強度の標準として利用することの可能性を検討し始めたものである。論文①で示される押込変形のプロセスを参考にしながら,材料の問題,熱処理の問題など様々な要因について具体的研究を参照し,引張試験における安定的な引張試験片の作成やそれを用いた引張り強度の測定法の確立を目指している。引張変形プロセスのばらつきに着目してのその精度を上げようと試みている。
 材料強度に関するこの一連の実験は,材料試験の考え方を基本的なところから変化させることが期待でき波及効果が大きいため大変興味深い。新しいコンセプトで材料特性評価を革新させようとする研究を評価した。

【銀賞】ピストンオイル保持機能を通したエンジン開発上流工程における品質工学の適用(Vol.22 No.6)

 エンジンのピストン,シリンダー周辺についてシミュレーションを用いた研究としては,過去にマツダ(株)で取り組まれたピストン形状設計(Vol.8,No.5)があるが,エンジン内部のオイル保持に着目した研究は過去に報告されていない。エンジン内部のオイル保持に関する論文として希少であり,参考となる。本研究は,当初,制御因子に設定していた因子を標示因子とすることで,再現性を得ており,因子の考え方の重要性を示している論文となっている。
 品質工学を技術開発戦略の立場からみると,開発・設計から製造工程まで含めた同時最適化が必要である。開発上流工程では,とくにテーマの選択とシステム選択が重要となり,開発の方針を決定する必要がある。選択された技術が汎用的であれば,その最適値を利用して開発を合理化する。しかし,確立した技術の汎用性に限界がある場合がある。その場合は,ある程度用途をクラス分けし,技術を使い分けることが必要がある。これは適用場所にあわせて選択技術の部分的変更をするという考えであり,品質工学の選択嵌合(かんごう)という適用制御の考えを企画段階に生かしたものである。本論文は開発プロセスを分解と標示因子化,そして個々の最適化の積み重ね(統合)が可能であるという提案である。今回の3事例はシステムを限定しているので判断はできないが,新しい提案であり,今後の展開が期待できる。その点を評価した。

【銀賞】大型プラントのメンテナンスに用いる硬質肉盛溶接材料の仕上げ加工の自動化(Vol.22 No.2)

 大型プラント竪型ミルのメンテナンスを全体のシステムとしてとらえ,その自動化においてネック工程であった研削仕上げの自動化に取り組んだ。大型プラントの補修・改善に用いる硬質肉盛溶接材料の研削仕上げの問題点を整理し,ラボレベルでの電力−切削量の機能性評価によりパラメータ設計を行い,最適化した条件を実生産機に応用して実用化を実現していて有用な研究である。得てして現場の活動は,技能に頼る傾向があるが,技能保持者にはばらつきがあり安定加工が望まれている。加工の安定化と砥石摩耗制御および消費エネルギーの低減効果も確認している。その点も評価した。
 誤差因子を使用する砥石の径変化としているが,標示因子として他に使用者側の誤差因子を取り上げる等の研究の継続が期待される。

お問合せ

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  品質工学会事務局 中山,金野(こんの) 

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